代表者ブログ

2020.07.16

濱口 健宏

自分史上最高の実現に向けて

当社の運営会社である日建産業株式会社では、毎年2回社内報を発刊しています。今年夏に発刊される社内報の冒頭挨拶が、このサイトに来てくれた皆さんにも役に立つかなと思い、記載いたします。

 

【自分史上最高の実現に向けて】

 

前回の社内報では”令和”という言葉の意義~人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ~について記しました。人々の分断が進んでいく事に対しての懸念、その懸念に対する警鐘として”令和”という言葉が出現したのではないか?という問いかけでした。

 

そして、新型コロナ発生を経て半年後の今です。世界的な危機は今も続いています。美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つどころか、感染を恐れて人々は互いに警戒し合い、世界における人々の往来は激減しています。人は人と共存するだけではなく、人はウイルスとも共存していくのだという人も多く、それを認めざるを得ない状態です。いったい、これからどんな文化が生まれ育っていくというのでしょうか。そう考えれば、令和という言葉に凄みすら感じてしまいます。

 

この数か月、人に迷惑をかけられないように、そして人に迷惑をかけないように、自粛が続きました。これからも続くのでしょう。自粛の文化が緩み始めると、今度は自衛の文化が生まれつつあります。自分のことは自分でまもる。これも認めざるを得ない状態です。

 

先日の経営発表会では、”自分史上最高の実現に向けて”という題目で経営方針を示しました。そうしないと会社は生き残れない、勝ち残れないぞと。挑戦する者にとってはチャンスであるし、挑戦を受ける者にとってはピンチだとも。そして今、私達の生活はウイルスからの挑戦を受けています。大ピンチです。いっぽう、皆さんひとりひとりの日々の生活に目を転じれば、この大ピンチは”自分史上最高で行動しないと、生命体として生き残れない”かもしれない。ワクチンが確立されていないウイルスは、誰がひょいと除去してくれるわけではありませんから。

 

私達の日々の生活は、経済との結びつきを抜きにして考えられません。そうなれば、“自分史上最高で行動しないと、経済(を構成する職場)での居場所はなくなってしまう“そう遅くない時期に、社会はそんな変化を迎えるのでしょう。私は、10年前の経営発表会で”厳しくもやさしい、企業の理想像を目指す”と述べました。日建産業は皆さんひとりひとりの課題に寄り添い、課題の解決に向けて出来る限りのサポートをしていきたいと考えています。未開拓のまま放置している自分自身のアップデートを、Nワーク(日建式働き方改革の意)を始めとする新しい解決方法で進めていきます。

 

自分を一生懸命に考えるとは世界を真剣に考えるという事だ。

 

分断の文化が生まれつつある今の世の中だからこそ、周囲と自分はどうつながっているのかを意識して、日々過ごしていかねばならない。そう強く感じています。

 

以上

2017.07.27

濱口 健宏

一橋大学講義にて(2)

今回は、学生の意識について書きたいと思います。

 

講義は30人程度でした。みなさんの顔を見ながら話せる人数で、学生との個別会話も楽しめました。ほとんどの学生は一般企業への就職希望で、だからこそ青年社長の講義を受講するのだと教えてくれました。

 

前回ブログでは、
”ある分野について深く学べるいっぽう、広く学べる機会が少ない”と感想を述べました。

 

・広く学ぶ機会が少ないことは学生自身が強く認識しており、それでは社会に出てから困るであろうと、学生が危機感を持っている。

 

素晴らしいことだと感じました。

学生の中でも研究者や専門職、官僚を目指す学生は一定数おり、その彼ら彼女らは専門知識を深く学び、学び癖をつけて他の科目にも展開し、次なる試験に合格するのが標準的な道だと思われます。いっぽう半分以上は一般企業に就職するようです。彼らは言います。数学だけでは多分ダメなんだと。だから、中小企業の青年社長の講義を受講するのだと教えてくれました。

 

私が学生達に何かを伝えられたのか、あまり自信はありませんが、社会は数学で科学的に分析可能であるいっぽう、社会は数学で動いているのではなく人が動かしているのだと伝えました。だから、分析出来ない事象が発生する事は当然であり、これに対する対応力がビジネスの差別化につながるはずだと。行動心理学やマーケティング、データマイニング等による数学的解析技術の進化により人々の行動に対する予測能力は飛躍的に向上し、故に事前に予測できた範囲が広ければ広いほど想定外の事象への対応力は高まるはずだとも。何故なら、想定外として対応しなければならない範囲が少なくなるわけですから。

 

今までは日本の産業界が外資系企業に圧倒的劣位であると言われた分野ですが、これから強くなってくるであろうと期待されます。ま、これら学問も統計学を基礎としており、どのみち数学は必須となるのですが。

 

意外に?謙虚な学生が多い事も印象的でした。上場企業でも有名企業でもない社長の話に真剣に耳を傾けてくれ、私自身興奮しました。

 

彼らの中で、得意な分野とこれから得意になりたい分野、自分にとってどうでもいい分野が明確で、私が講義を行った内容を”これから得意になりたい分野”として設定している学生がたまたま多く集まったからかもしれません。

”人に教える事は、自分が学びを得る最良の機会である”まさに実感した次第です。

 

濱口健宏

 

 

前号ブログについてはこちら一橋大学講義にて(1)

2017.07.27

濱口 健宏

一橋大学講義にて(1)

当校で代表を務めております濱口です。
先日、一橋大学にて講義を行ってきました。

 

講義は、私が経営する日建産業㈱における企業革新と事業再編がテーマでした。中小企業論といってよろしいかと思います。私は関西のいくつかの大学で講師を務めた経験がありましたので、最近の学生が何を考えているのか、コミュニケーションのとり方はどうなのか等について私なりの感覚は持っていましたが、就職で圧倒的な強さを誇る一橋大学の学生は何をどう考えているのか?日々の生活で大切にしている事は何なのか?楽しみにして講義に臨みました。

 

今回は大学の現状と学生の意識について記したいと思います。

 

1.ある分野について深く学べるいっぽう、広く学ぶ機会が少ない。

 

今回の受講対象は経済学部の学生でしたが、彼らの話を聞くと、日常の勉強はほとんどが数学だというのです。経営学は商学部で学ぶものであり、経済学は経済活動を科学的に分析する学問であると教わっていると。

 

私は1993年に大阪大学経済学部を卒業しましたが、同大学は経済学部内に経営学科がある組織で(今でも同じ組織です)、最初の講義に臨むにあたっては生協で関数電卓を購入した記憶があります。2009年から大阪大学大学院で経営学を学んだ時も、定性分析を主とするケーススタディも少し行いましたが、それ以外では数学はついて回りました。少し中途半端な印象です。

 

一橋大学は商学部と経済学部が別にありますから、それだけ深く学べると思います。立派な図書館があり、素晴らしい勉強環境にあるところも魅力です。

 

いっぽう、学部間の壁は高そうで学ぶ分野が限定されそうです。教員の相互交流が少ない事は大きな理由でしょうが、学生の意識もそれに準じており、様々な知識を柔軟に織り交ぜる学際系学問に触れ合う機会の必要性を感じます。一橋大学ですと社会学部がそれになるのでしょうか。一般的には大学院がその使命を担っているのだとは思いますが。

 

2.JR国立駅からキャンパスへの道が素晴らしい。

 

最初に訪問したのは桜の季節でして、両側の桜並木を眺めながら、道幅の広いまっすぐな一本道を進みます。学びたい!の想いを強くしました。街自体が大学に誇りを持っており、大学を大切にしている雰囲気が伝わりました。街の歴史と共に歩んできた大学だと強く感じた次第です。

 

次回は学生の意識について書きたいと思います。

 

濱口健宏